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ヤマト運輸が「信書」問題で方針大転換

宅配便を送るとき、何の気なしに添え状を入れたり、書類をメール便で送ったり……そんな日常の行動に、実は「郵便法違反」という犯罪のリスクが潜んでいる。

 郵便法第76条では日本郵便以外の事業者が「信書」の送達を行うことに厳しい罰則が定められている。違反した者には、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が課せられる。なかなかの重罪なのだ。

 かつては郵政監察官が取り締まりに当たっていたが、郵政民営化後は警察官が捜査に当たるようになった。誰かに郵便法違反を告発されれば、あなたも容疑者として警察の取り調べを受けることになるかもしれない。「特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、または事実を通知する文書」というのが信書の定義である。何が信書なのかの判断を下すのは総務省だが、その基準は実にわかりにくい。

 たとえば履歴書などは、応募者が企業に送る場合は応募の事実を通知した文書とみなされるため「信書」。企業が応募者に返送する場合は、履歴書に事実の通知がないとして「信書に該当しない」。ただし、合否の通知とともに送付する場合は、その通知文が信書とみなされる。

■ フジテレビが全国放送した"違法行為"

 では、以下のケースはどうなるだろうか。

「最近益々ツッコミのキレもすごいと思います。さすがですね。近所の人から『もう大丈夫やね。あのポジションはいい所やね』とよく言われます。本当に自慢の息子です。それから、彼女を大阪から東京に呼び寄せ、一緒にくらしているそうやけど、そろそろ責任取ったらどう~ぉ 母より」(文中ママ)  これは、5月25日にフジテレビがオンエアした「超潜入リアルスコープ」の宅配便特集で紹介された手紙の一節である。お笑いコンビ・フットボールアワーの後藤輝基さんに、母親から届いた宅配便に入っていたメッセージだ。

 明らかに郵便法違反なのではないか?  ヤマト運輸が総務省に照会したところ、判定は「郵便法違反」。だが、その後に総務省が後藤さんの母親を警察に告発した形跡はない。

 この対応に、ヤマト運輸は納得いかない。なぜか?  同社は2009年度以降に8回にわたって郵便法違反を問われているからだ。うち3件は書類送検もされている。最近の事例では、2011年3月に埼玉県庁からの依頼でメール便で配達した文書が信書にあたるとして、ヤマト運輸も郵便法違反で書類送検された。

 郵便法の規定では荷主の責任も問われるため、発注した県庁職員も警察に事情聴取された。最終的には起訴猶予だったが、顧客が「お縄」になりかけたことは同社には大きな圧力となった。一般の荷主にとっては、信書とそうでないものの綱引きなど簡単にわかるものではないだろう。

 ヤマト運輸ではメール便のサービス開始当時から「中身が信書に該当しない」ことを確認するためにチェックリストを顧客に渡してきた。2011年9月以降は、顧客に「信書には当たらない」ことを確認のうえサインをもらうことにして対応を強化している。それでも、違反リスクが消えることはない。顧客の側も、メール便の使用には慎重になってくる。

 荷受け手続きを厳格化した影響もあり、ヤマトのメール便の扱い冊数は2011年度、2012年度と前期比マイナスを続けてきた。今年度も、2011月までの累計で対前年比1%のマイナスだ。この間、日本郵便が展開するメール便サービスの「ゆうメール」は着々とシェアを引き上げてきた。日本郵便では、荷受けにあたってヤマトのような事前チェックは行っていない。これでは顧客に不安感を与えるだけでなく、事業環境としてもあまりに不公平だ。

■ ヤマトが歴史的な方針転換

 そこで、ヤマト運輸は歴史的な方針転換に踏み出した。これまで同社は、郵便法を根拠に日本郵便が「信書」の送達を独占していることへの異議申し立てを続けてきた。その主張を引っ込め、信書とのすみわけを模索し始めたのだ。

 背景には、郵政民営化の際のごたごたがある。2003年に日本郵政公社が発足すると同時に、「信書便法」のもとで民間事業者にも信書送達業務への参入が認められた。バイク便など「特定信書便」には参入業者が出たが日本郵便の郵便サービスのイメージに近い、全国全面参入型の「一般信書便事業」への参入例は今に至るまでない。ユニバーサルサービスの確保を名目にしたポスト10万本の設置など、参入のハードルが高すぎるからだ。

 はっきりした定義がない信書という概念をもとに、国が民間企業のビジネスを制限することにノーをつきつけるというのが、これまでのヤマト運輸の姿勢だった。宅急便の創始者である故・小倉昌男氏は、郵便の国家独占を定めた郵便法第5条の廃止を持論としてきた。その姿勢を歴代経営陣も受け継いできたのだ。


 ヤマト運輸は今年に入ってからも、4月に政府の規制改革会議で信書定義の撤廃や、次善の策としての定義の明確化などを訴えている。

 施行後に10年たっても目玉の「一般信書便」に誰も参入しない信書便事業をどう活性化すべきか。規制改革会議での議論の結果、総務省は信書便事業のあり方を再検討することになった。2014年3月中に結論を出すこととなっている。

 そのために総務大臣の諮問機関である情報通信審議会の郵政政策部会で議論が進められているが、12月12日に開かれた会議でヒアリングに呼ばれたヤマト運輸は、「外形基準」の導入によって、郵便が独占する信書の定義を明確化することを要求した。米国や英国、ドイツなどの例を挙げ、重量、料金など誰でもわかる基準で信書を定義してほしいというのだ。たしかにこれならば、メール便の利用者が郵便法違反におびえる「風評被害」のような状況は解決するだろう。

 一方で、定義しだいでは、これまでメール便で出していた書類などが送れなくなる可能性もある。ヤマト運輸を代表して出席した長尾裕・常務執行役員は「一部のサービスに影響が出る可能性は認識している」としつつ、顧客を容疑者にするリスクを防ぐためには甘受するという意向を示した。

■ ヤマトは信書便に乗り出すのか

ただ、ヤマト運輸が一般信書便に参入する意向を固めたというわけではなさそうだ。一般信書便に参入しないのは、ユニバーサルサービスの維持を名目に、合理的でない条件を課されてはよいサービスはできないから、というのがヤマト運輸の見解だ。その姿勢は変わっていない。信書の国家独占もおかしいとは思っているが、メール便事業の手足が縛られている現状を打破するためには妥協もやむをえないというのが本音だろう。 実は日本郵便も、「ゆうメール」が伸びていることにもろ手を挙げて喜んでいるわけではない。より単価の高い郵便から客が流出しているという面もあるからだ。郵便が独占できる領域がはっきりと確保できるなら、むしろ助かる面もあるとみられる。赤字脱却が至上命題である日本郵便の建て直しは、総務省にとっても大きな宿題だ。ヤマト運輸が投げ込んだ「爆弾」に、どう対応するのか。

ちなみに、5月のフジの番組にはヤマト運輸が撮影に全面協力した。ひょっとして、今回の議論に持ち出すために仕込んでおいたのだろうか。ヤマトホールディングス広報に聞くと「それはありません。視聴者から指摘があったので、問い合わせただけです」とのことだった。しかし、信書問題を世の中にアピールするうえで格好のネタが転がっていたものだ。ここに来て、後藤さんのお母さんが、いきなり告発されないといいのだが・・・・。


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